図形教育でコンピュータをどう活用するか
 
明治図書「数学教育」1998年11月号
 
 
1.はじめに
 空間図形の学習では、コンピュータの高速な計算機能と美しいグラフィック機能により実現されるシミュレーションが立体の切断・回転・展開等の形で多くのソフトウェアで利用されてきた。しかし、次の学習指導要領の改訂では、立体の切断の削除、図形の合同や対称・錐体などの立体図形が小学校から中学校への移行統合などが提言され、空間図形の学習が軽減される傾向にある。したがって、今後の利用を考えると、図形学習におけるコンピュータ利用は、当面、平面図形を中心に行っていくことになると思われる。
 平面図形におけるコンピュータの利用方法には、図形の性質の説明やシミュレーションによる実験などがある。しかし、その図形や内容ごとに作成したソフトウェアを利用する場合、様々な課題がある。
  ・自作するには多くの労力と高い技術力が必要である。
  ・授業に合った市販品の場合、作成する労力は必要ないが、購入本数
   が多くなり、コストが高い。
  ・市販品の場合、授業者の意図した通りのものでない場合がある。
 このような課題は、数学用のソフトウェアだけでなく、多くの教科等において共通課題となっている。そこで、コンピュータは、「生徒の考えを表現したり、思考を支援するためのツール」としての存在として認識されるようになってきている。利用されるソフトウェアとしては、コンピュータのマルチメディア機能を実現するプレゼンテーションソフトウェアやホームページ作成ソフトウェアなどが注目されている。
 数学の図形指導用ソフトウェアの「生徒の考えを表現したり、思考を支援するためのツール」としては、作図ツールが注目され、普及が進んでいる。これまでのコンパスと定規等に加え、コンピュータの作図ツールという新たな道具を用いることにより、学習の内容をより一層豊かなものにすることができる。
 また、インターネットが一般化しつつあるように、コンピュータの活用を論じる場合、インターネットの利用も視野に入れなければならない。
 
2.作図ツールの特徴
 作図ツールには、CABRIU、GC、GSPなど多くのソフトウェアが国内で普及しているがそれらに共通する主な特徴は以下の通りである。
 ・正確な作図ができる。
 ・直線、線分、円、角の二等分線、垂線、中点などの作図が簡単にできる。
 ・描き直しが容易である。
 ・交点の作図ができる。
 ・点などの軌跡が描ける。
 ・線分の長さ、角の大きさ、面積などの計測ができる。
 ・設定した図形の性質を保持したまま、図形の変形ができる。
 この他、アニメーションやマクロなどの多くの機能があるが、その開発者の考え方により、若干の基本機能に違いがある。
  GSP(Geometer's Sketchpad)[Key Curriculum Press社]
    コンパスと定規のみによる作図と同様の作図が基本となっている。
  CABRIU(Cabri Geometry U)[Texas Instruments 社]
    コンパスと定規のみと同等の作図に加え、正n/m角形などの作図
   機能もある。
  GC(Geometric Constructor)[愛知教育大学 数学教室 飯島康之 氏]
    三角形の五心、等分点などの豊富な作図機能がある。ソフトや事例
   にアクセスできる。(http://www.auemath.aichi-edu.ac.jp/teacher/iijima/)
 それぞれ特徴があり、利用する授業者の考えや目的に沿ったソフトウェアを選択したり、利用方法を工夫する必要がある。
 
3.作図ツールの利用方法
 従来のコンパスと定規による図形の作図を伴う学習においては、作図能力(速度・精度・図形的理解)の個人差や作図そのものの難しさ(時間・労力・精度)のため、多くの問題が生じやすい。しかし、作図ツールを利用することによって、次のように多くの問題が解決できる。
 ○ 簡単に作図できるため、作図に手間がかかるために途中であきらめて  しまう生徒も図形の性質の学習に力を注げる。
 ○ 精度の高い作図ができるため、作図の誤差による誤認が防げるととも
  に、自分の発見した性質への確信を得ることができる。
 また、従来の作図では実現が難しかったことが、作図ツールのもっている機能により、次のように容易に行えるようになる。
 ◇ 図形の変形機能により、一度の作図と変形で、何度も作図をするのと
  同等の学習が行える。
 ◇ 図形の変形機能により、発見した性質が作図条件によるものであるか、
  偶然作図した特殊なものであるかを容易に判断できる。
 ◇ 図形の変形機能を用いて、連続的に変化させることによって、従来、
  別々に扱いがちであった図形を関連づけて扱ったり、ひとつのものとし
  て扱ったりして、図形の性質への理解を深化・統合することができる。
 ◇ 図形を変形することによって、作図とは、図形の定義や性質に従って
  描かれた条件を満たす点の集合であるという認識が深められる。
 ◇ 直観的にとらえた図形の性質を、長さや面積を測定したり、その値を
  計算機能を用いて計算したりして、予想した図形の性質が成り立つか否
  かを確かめる。
 しかし、作図ツールを効果的に用いるには、以下の点に留意する必要がある。
 ◆ ひとつの数学を学習するための道具の利用法を身につけるための学習
  として、作図ツールの基本操作(基本的な作図方法、図形の変形方法、
  測定方法など)を学ぶ時間を設ける。
 ◆ 図形の性質を学ぶことが主体である通常の授業では、これまでの授業
  でも実際に作図しないで図形の性質を調べたように、基本的には作図か
  ら行わず、すでに作成しておいたファイルを使うようにする。授業のね
  らいに応じて適宜、作図ツールによる作図を行わせる。
 ◆ 授業のねらいに応じて、従来の作図と作図ツールの利用を行う。これ
  まで、コンパスと定規による作図が必要とされてきた内容については、
  従来通り行う。図形の性質を調べる際、作図ツールによる作図の習熟度
  に合わせて、技術的・時間的に可能ならば作図から行わせる程度とする。
 ◆ 図形の変形を行わせる際は、誤操作を防ぐために、対象とする点を明
  確にするとともに、他の点は固定等をしておく。
 ◆ コンピュータによる作図に終わらせず、その作図方法が実際に行う上
  で無理がないか、あるいは、より望ましい方法であるかを吟味するため
  に、必要に応じて、コンパスと定規で作図させる。
 このように作図ツールの長所を生かすようにして、図形の学習を行うことによって、次のような学習展開が期待される。
    (1) 予 想(図形の変形機能などを使い、性質を発見する。)
    (2) 確かめ(測定機能で計量的な性質を確認したり、補助線を
         作図したりして、確認する。)
    (3) 証 明(発見した性質を論理的に証明する。)
 特に、図形に対して苦手意識を持ち、受け身の学習態度であった生徒は、図形ツールを用いたところ、(1)(2)の学習活動に積極的になり、図形の学習に対してこれまで以上に興味・関心を持つようになった。記述したり、図形の性質を理解した上での説明をしたりできるようになるまではならないまでも、それに向けての一歩を踏みだそうとする態度を養うことができた。
 
4.作図ツールの利用例
 作図ツールに関しては、これまで多くの理論的・実験的研究や実践報告が行われている。ここでは、私が平成9年10月から開設した「CABRIUの部屋」(http://www.mowmowmow.com/math/cabri/index.htm)のホームページから紹介します。また、「GC Winの部屋」(http://www.mowmowmow.com/math/gc/index.htm)も平成10年2月から開設している。
(1) 作図ツールの計測機能と変形機能を使い、動点Pを移動させても保存さ
 れる性質に気づかせる問題例である。さらに対象とする図形を直角三角形
 にしたり、平行線を垂線に変えたりする場合に関心を持たせ、図形の性質
 を探求しようとする態度を伸ばすことをねらったものである。
(2) 動的に図形をとらえ、別々に扱いがちな問題を関連づけて扱い、ひとつ
 のものとしてとらえる問題例である。点Pの位置が点Aに対して、右の場
 合、一致する場合、左の場合を関連づけて扱う。
(3) 軌跡を描く機能を使って図形の性質を予想する問題である。また、計測
 機能を使い、角の大きさに着目させ、論証への手がかりをつかませたり、
 他の性質に気づかせたりすることをねらったものである。
(4) 図形のもつ数学的な美しさに気づかせ、興味・関心を持たせるとともに、
 発見した性質を簡単な図形の性質を使って証明しようとする意欲や態度を
 育てたりすることねらったものである。

6.インターネットの利用方法
 インターネット上には、「CABRIUの部屋」のように図形データを公開したり、市販の作図ツールのデモ版やGCをダウンロードしたり、図形の問題やその解法を紹介するホームページがある。インターネットを利用して、これらのソフトウェアや図形データや図形の問題を手軽に手に入れることができる。
 さらに、インターネットの「インターラクティブ=双方向性」という特徴と電子MAILの送受信における時間の即時性・任意性という特徴により、一つの問題に関する考え方の交流を教室や学校の枠を超えて行うことができる。インターネットによって、より多様な考え方に触れて価値観をより一層多様化したり、自分と同じ考え方をする生徒がいることを知ることによって共感したりすることができる。電子MAILやホームページを利用して、小規模校、養護学校、選択数学の授業などで活発な交流が始まっている。
 また、下の図のような図形問題が私のホームページ「算数・数学MOW?MOW?MOW?」(http://www.mowmowmow.com/math/mondai/index.htm)にもあり、寄せられた解法などを紹介している。
 「数学教育関係リンク集」(http://www.mowmowmow.com/link/index.htm)において、作図ツール・図形に関するメーリングリスト・数学の問題があるサイトなどを紹介している。
 
4.終わりに
 数学の学習にコンピュータ利用が有効であるか否かに対して、意見が分かれるところである。しかし、インターネットを利用して、より多くの数学的事象やそれに対する考え方に触れたり、作図ツールを利用して、より豊かな見方・考え方を身につけたりすることができることは多くの研究や実践が述べているように事実である。コンピュータでなければできないことばかりではないかもしれないが、生徒の興味・関心を喚起し、効果的に成果をあげることができることも確かである。また、図形教育にコンピュータを利用する場合、コンピュータの特徴である高速な計算機能・美しいグラフィック機能を駆使することになるようになることから、図形教育とコンピュータは相性がよいといえる。以上のことから、コンピュータは、より豊かな図形教育を行う上で重要なものになってきているといえる。
          群馬県前橋市立桂萱中学校 教諭 上原 永護
        「MowMowMowの部屋」 URL http://www.mowmowmow.com/