平成6年度
群馬県中学校教育研究会
数学部会研究部研修会資料


第5分科会『教育機器・学習指導法』

研究テーマ「学習活動を活性化する指導の工夫」
〜コンピュータによるシミュレーションを用いて〜


平成6年12月14日(水) 
於 群馬大学教育学部
小野上村立小野上中学校
上原 永護


T.研究テーマ「学習活動を活性化する指導の工夫」
〜コンピュータによるシミュレーションを用いて〜



U.主題設定の理由

 現在、中学校で学んでいる生徒達が活躍する21世紀には、大きな技術革新や社会変革がなされていることが予想される。情報化の進展に伴う高度に発達した社会においては、自ら考え、判断しなければならない。そこで、思考力や判断力の育成がせまられている。
 このような能力は、教師主導による教え込みの学習からは十分には育たない。生徒自身の内側から学ぼうとする意欲を持って取り組んだ経験の中で身についてくるものである。つまり、基本的に学習意欲を育てる指導の工夫が大切になってくる。
 また、数学に対する「難しくてやってもできない」という意識が多くの生徒に抱かれがちである。そのため、思考活動を伴う学習になると、受け身になりがちで、一部の生徒を中心に学習が進められることも少なくない。
 そこで、まず、「やってみたい」という意欲を持たせることが大切になってくる。そのためには、「なぜだろう」「おもしろい」「わかりやすい」「そうか」等の生徒の心を揺さぶる要素をもった教材の研究が不可欠である。
 また、単に生徒の興味・関心をひくだけでなく、原理や法則等を実感を伴った理解にまで高め、学習することの楽しさや素晴らしさが体験できるようにしなければならない。 その具体的方法には、適した素材の教材化、教育機器等を活用した課題提示方法などがある。
 OHPや具体物を使った説明教具などは、実物演示であるため、その性質などを理解する上で説得力があるが、その表現方法の限界や製作費用等の問題がある。新しい教育機器であるコンピュータは、多くの生徒達が興味・関心をもっている教育機器であり、多くの可能性をもっている。しかし、デジタル化して処理したり、間接的に表現するため、多少説得力が欠ける等の短所もあるが、その短所に留意して、その特性であるすぐれた計算機能、図形表示機能等をはじめ様々な機能を生かすことにより、一層効果的な指導が期待できる。
 今まで以上に帰納的に数学を構築していく場面や、概念などを実験的に把握する場面を多く持つことができ、思考のための道具として使うことにより数学的事実の観察や数学の構成過程を感得させるのに有効な手立てとなる。
 このように、コンピュータは、学習意欲を育てるとともに数学の理解や思考活動を助ける上で大いに活用できる。
 ところで、コンピュータの持つ特色ある機能のひとつにシミュレーションがある。多くの生徒達がコンピュータに興味・関心を持っている機能であり、また、現実には見ることのできない事象や授業時間では簡単にできない実験等をシミュレーションにより体験できる。
 そこで、シミュレーションを効果的に教材に用いれば、学習活動を活性化することができるであろうと考え、本主題を設定した。

V.研究のねらい
 学習への興味や意欲を喚起して、学習活動を活性化するためのシミュレーションによる教材内容の工夫や授業への導入の仕方を実践を通して明らかにする。

W.研究の仮説
 学習のねらいや教材の特質、コンピュータの機能等を踏まえたシミュレーションを教材に用いれば、学習への興味や関心を喚起することができ、学習活動を活性化することができるであろう。

X.研究の内容

 学校現場にとっては、コンピュータという新しい教育機器は新奇性があり、それが秘める多くの可能性が期待されている。

 コンピュータ利用の効果の調査によると、現在、1番効果があるとされているのが、「意欲・態度」である。
 しかし、単にコンピュータを学習活動に取り入れれば、学習意欲が育てられるということではない。
 子供達は、幼いころからゲームやTVなどを通してコンピュータに接してきており、その最新の技術を駆使したものに日常的に接している生徒たちにとっては、コンピュータはすでに新奇性を失いつつあるといえる。
 つまり、コンピュータにより、「意欲・態度」に効果をあげるということは、単にコンピュータを使用するだけでなく、学習内容と生徒の実態を考察し、コンピュータの特性を生かすことが大切なのである。
 そこで、本研究における数学科における学習活動を活性化するのに適したソフトウェアとは、次のようなものであると考える。
   @学習意欲を育てる
   A数学的な見方・考え方のよさを感得させる
   B理解を深める
   C豊かな思考活動を支援する
   Dコンピュータのもつ機能が生きている
 コンピュータ利用には、この他にもドリル学習やコースウェアを中心としたソフトウェアによく見られる、知識を習得したり、表現・処理能力を高めるための学習支援活動もある。しかし、本研究では、学習の個別化ではなく、学習者が考えたり試行錯誤する学習ツールとしての利用の研究を行うため、上記の観点から考察を行うことする。

@学習意欲を育てる

 学習意欲を育てるには、「おもしろい(興味・関心)」「わかりやすい(理解)」「そうか(発見)」等の生徒の心を揺さぶる要素を満たさなければならない。コンピュータの利用形態には、ドリル学習型・解説指導型・シミュレーション型・情報検索型・問題解決型等があるが、シミュレーション型がこれらの要素を満たしていると考えた。

授業で使用したソフトウェアの様式(種類)
1.シミュレーション様式
18.6%
2.ドリル・練習様式  
18.1%
3.図形作成、データ処理
15.9%
4.ワープロソフト   
14.1%
5.解説指導様式    
11.6%
6.問題解決様式    
11.5%
7.情報検索様式    
 6.0%
8.ゲーム様式     
 4.5%
(1993年全国教育研究所連盟調査)

授業で使われるソフトウェアの種類は、かつては、ドリル・練習様式のCAIが多かったが、最近では、多種・多様になってきており、シミュレーション様式のものが多く利用されてきている。
 また、コンピュータが学校に導入され始めたころには、自作教材が多かったが優れた市販品も多くなってきたため、市販品の利用も多くなってきている。しかし、意図する授業展開に必ずしも合致していないものが多い。
 そこで、自作教材を中心に研究を進めることとした。しかし、授業の進度に作成が追いつかないこともあるため、基本部分を優先的に作成し、徐々にインターフェイス部分を改善するような方法で作成を進めた。そのため、現時点でも十分な出来でないままのものも授業の後で、多少の改善を加えることができた。
 また、表計算ソフトや学習ツールなど、完成度が高い市販品が利用できる場合は、そのまま利用することとした。

A数学的な見方・考え方のよさを感得させる

 数学的な見方・考え方は、学習指導要領の改訂で重要視されているように、数学科教育の根幹をなすものである。
 したがって、ソフトウェアの開発及び選択においては、教材研究を行い、その学習内容の持つ数学的な見方・考え方に十分配慮しなければならない。
 また、その能力が育てるためには、そのよさに触れることが大切である。
 つまり、コンピュータ利用においては、そのよさに気づいたり、数学的な見方・考え方を深めることができるようにする必要がある。
 様々な数学的なアイデアや考えの進め方に関する要素をソフトウェアに持たせるようにした。

B理解を深める

 単に生徒の興味・関心をひいたり、コンピュータによる学習が間接経験に止まったりして、数学的な事象の性質や法則・概念等を実感を伴った理解にまで高められないのでは、学習活動を十分に支援することができたとはいえない。
 また、学習内容を理解にまで高めるには、学習活動に対する意欲を持続することができるように配慮しなければならない。
 そこで、各領域の内容を総合的したり、日常生活など親近感をもつ事象と関連づけた課題を設定したりして、数学の有用性に気づくことのできる内容を扱うとともに、変化に富んだ学習活動が行えるようにした。

C豊かな思考活動を支援する

 豊かな思考活動を行うには、事象を数学的にとらえて、式・表・グラフ・図・モデルなどに表現したりして、その事象を多角的に、そして、深く考察することが大切である。
 また、思考の過程においては、思考実験や帰納、演繹などの考えを多く用いることによって思考活動が豊かになる。
 そのためには、生徒一人一人がじっくり考えたり、その場ですぐに思考実験を行うための時間の確保は欠かせないものである。
 もちろん、時間を惜しまないで成功や失敗を繰り返す経験も必要ではあるが、そこでの煩雑さが理解や創造的な思考活動の障害のならないようにする必要がある。
 つまり、学習内容にねらいに配慮し、その場で考えたことを実験したり、表現したり、処理したりすることが容易にできるようにした。

Dコンピュータのもつ機能を活かしている

 一般にコンピュータの特有の機能として様々ものがあるが、次のものを有効に使っている学習は、コンピュータでなければできない学習である。
  ・複雑な数値計算の即時的処理機能
  ・動画性、彩色性などのグラフィック機能
  ・シミュレーション機能
  ・情報検索機能
  ・多量の情報記憶
  ・情報の制御
  ・マルチメディアミックス機能
 コンピュータを用いた学習を行う場合、とかくコンピュータでなければできない学習にしかコンピュータを用いてはいけないという風潮がコンピュータ導入初期にはあった。
 しかし、コンピュータが一般化し、授業で用いられる黒板、紙、鉛筆、電卓、OHPなどと同列化してきている現在では、黒板でなければできないことにしか黒板を使わないなどとは考えないように、コンピュータでなければできないことにしかコンピュータを必ずしも使わないのではないというように変化してきている。
 つまり、その授業のねらい・学習内容とコンピュータの機能・特性とを照らし合わせ、授業に有効である場合にコンピュータを用いるというように考えられるようになってきているのである。
 そこで、本研究では、シミュレーションを中心に研究をおこなっているが、教師の説明で十分に理解できることや実際に実験や観測ができることをシミュレーションで済ませたりすることのないように配慮し、実際の事象を最適に提示したり、実験することが困難なものあるいは不可能なものをコンピュータ内でそれを模擬的に実現してその結果を画面などに表示したりするようにする。
 また、シミュレーションを単独で行うだけでなく、問題解決や解説指導などにも取り入れ、コンピュータを学習活動の活性化に活かした。

 このようにコンピュータを活用し、学習活動を活発化することによって、数学科のねらう、『数学を活用することの有用性を味わったり、数理的な処理の簡潔、明瞭、的確といったよさがわかる』に近づくことができると考える。

Y.研究構想図


          
@興味・関心を持ち、進んで学習に取り組もうとする。
A数学的に事象を考えようとする。
B概念、性質などを理解している。
C既習知識や表現・処理方法を生かし、筋道立てて考える。



                       

                       
研究計画





















 
 
 
教師の観察法や生徒
自身の記述法・評定
尺度法等による検証



 
 
 
 
 
 
 
  学習活動を活性化するための指導の工夫  
 
 
 

 


@シミュレーション機能を生かした     
         ソフトウェアの開発、利用
A数学的なアイデアや考えの進め方への配慮
B豊かな内容と変化に富んだ学習活動への対応
C表現、処理への支援
D学習のねらい、内容に対する有用性への配慮
 

 授 業 実 践




ソフト開発、及び、
  市販ソフト研究


             

 
 
 
 
 
 
 
数学科における学習活動を
     活性化するのに適したソフトウェア

 
 
 
 
 


 
ソフトの内容や授業
での使用方法の研究


@学習意欲を育てる            
A数学的な見方・考え方のよさを感得させる 
B理解を深める              
C豊かな思考活動を支援する        
Dコンピュータのもつ機能が生きている   
 
 
 教 材 研 究

 
 
 生徒の実態調査 




 
 文 献 研 究




社会の要請
生徒の実態
学校教育目標



          
学習指導要領







Z.実践例
1.作成したソフトの内容
 情報基礎での学習を終えていない生徒を対象とすることがほとんどであるため、操作はマウス等を基本とした。
 ソフト作成の言語としては、作業効率を考え、高級言語BASICを利用したが、必要に応じてコンパイルを行った。現在は、主に本校生徒用に導入されているFM−TOWNS用のソフトウェアを作成しており、以前作成したものも移植を進めている。
 授業での使用場面はいろいろと考えられるが、活動への導入、学習のヒント、計算、表現活動、検証等に用いた。確率など、実際に実験や操作をすることに意味があるものにおいては、それらの活動を援助する形で用いた。
実践@ 「1次関数の応用(2年)」   (資料参照)(X68000)
実践A 「グラフ      (1〜3年)」        (FM-TOWNS)
     ・Y=aXのグラフ(1年)
     ・Y=a/Xのグラフ(1年)
     ・Y=aX+bのグラフ(2年)
     ・aX+bY=cのグラフ(2年)
     ・連立方程式とグラフ(2年)
     ・Y=aXのグラフ(3年)
実践B 「立方体の切断(1年)」        (PC9801)
実践C 「多面体の展開図(1年)」      (X68000,PC9801)
実践D 「座         標(1年)」   (資料参照)(FM-TOWNS)
実践E 「標本平均(3年)」   (資料参照)(FM-TOWNS)

解説@ フルマウスオペレーション。    自作[X-BASIC使用](資料参照)
  A ほぼ、統一されたインターフェイス。フルマウスオペレーション。
   同時に色分けされたグラフが4本までかける。 自作[F-BASIC386使用]
  B 見取り図と切断面に対して垂直方向から見た図を画面上に2分割して表
   示。マウスで操作。             自作[BASIC98FAST使用]
  C 多面体を構造体で表し、それをフルアニメーションで動かして平面図にす
   る。                    自作[DoGACGAシステム使用]
  D マウスでモグラ退治ゲームをしながら座標の概念を身につける。
                    自作[F-BASIC386使用](資料参照)
  E コンピュータのランダム機能を使い、データ作成、データ抽出などを行い、
   自動的に標本平均算出、グラフ作成。フルマウスオペレーション。平成6年
   度(財)学習ソフトウェア情報研究センターソフトウェアコンテスト奨励賞受賞
                    自作[F-BASIC386使用](資料参照)
2.授業例

  (資料参照)

[.成果と今後の課題

〇『1次関数の応用』
 液晶プロジェクターに写し3m×2mの大画面に生徒の気持ちをひきつけることができた。また、マウスで数値を変えるだけで簡単に図形・式・グラフを変えることができるため、効率良く生徒達の考えを検証したり、図形の数理的な美しさや性質に気づかせることができた。

〇『座     標』
 生徒一人一人がコンピュータを使用し、単に理解するだけでなく、自ら操作し、より速く正確に座標の考えを用いようと積極的に取り組もうとするなど、学習への意欲的な姿を見ることができた。
 特にゲームの要素を持たせたため、日常の授業では、学習に進んで参加しようとしない生徒も、意欲的に取り組み、授業後、自ら「最初は−500点までいったけど、2500点までいったよ。」と報告したり、生徒全員から「また、コンピュータを使って学習したい」という声が聞かれた。

〇『標本平均』
 生徒一人一人が、実験を効率良く行うことによって、思考活動に十分な時間をかけることができた。また、自動的に計算される標本平均とそのいくつかの平均をグラフ表示することにより、視覚的に実験結果を捕らえたり、自分の考えたことを短時間で何度も検証することができた。
 意欲的な学習態度、標本平均の考え方の習得、標本平均に対する理解に成果があったとする感想が全員からあったのはもちろんであるが、コンピュータの学習支援機器としての素晴らしさに対する評価も多くの生徒から得た。

 以上のように、シミュレーションの導入によって、生徒の心を動かすことができ、興味・関心を持って課題を追及しようとする意欲を高められ、学習活動を活性化できることが確かめられた。
 また、授業後もコンピュータを用いた授業に強い関心を抱く生徒が多い。そこで、さらにコンピュータのシミュレーションを活用した授業を行うことにより、一層生徒の意欲を育てることができるものと考える。
 シミュレーションを用いて、生徒の意欲をさらに育てるためには、次のような課題がある。
   ・シミュレーションに適した教材の研究
   ・シミュレーションの授業への用い方
   ・効果的に表現するための技術の向上
 他にもシミュレーション機能やドリル機能などもコンピュータを用いて授業実践をしているが、その効率や時間確保などの問題もある。
 これらも含め、学習活動を活性化するために、以上の課題を解決すべく、生徒の実態を分析し、研究を重ね、技術の修得や教材研究を行いたいと考えている。

<参考文献>
文部省 『中学校指導書 数学編 』 大阪書籍株式会社 平成元年
文部省 『中学校数学指導資料 学習指導と評価の改善と工夫』
                  大日本図書    平成5年
文部省 『小学校 新しい学力観に立つ算数科の学習指導の創造』
                  大日本図書    平成5年
文部省 『小学校算数指導資料 関数の考えの指導』
                  東京書籍株式会社 1973年
文部省 『情報教育に関する手引き』 ぎょうせい    平成2年
片桐重男 『数学的な考え方の具体化』 明治図書    1991年
片桐重男 『問題解決過程と発問分析』 明治図書    1991年
(財)学習ソフトウェア情報研究センター 『学習情報研究 第8巻 第7号』1993年
(財)学習ソフトウェア情報研究センター 『学習情報研究 第8巻 第8号』1993年
教育調査研究所 『教育展望 第40巻第9号』     1994年