学習情報研究 1997 8月号 (財)学習ソフトウェア情報研究センター

「空間概念形成を支援するための教材開発」
〜立体切断シミュレーションを用いて〜


小野上村立小野上中学校 教諭 上原 永護


開発者氏名  上原 永護
学習ソフト名 3DCUT
校種、学年  中学校、1年
教科     数学
対応機種名  FM-TOWNS
使用OS   TOWNS-OS
開発言語   F-BASIC386コンパイラ

1.はじめに
 情報化などの社会の変化に対応するために、数学科では、思考力や直観力の育成を重視する観点から、様々な事象を考察する際に、数理的に処理する能力や態度の育成を一層充実することが必要になってきている。図形領域においては、小学校では、操作的な活動や直観的な扱いが中心であるが、中学校では、しだいに、数学的推論の理解と論理的に表現する能力の育成が中心となってくる。しかし、空間図形については、平面図形に対して概念形成が遅れがちなため、操作的な活動や直観的な扱いが中心となり、技術的な面や応用的な面に深入りするのではなく、必要とされる空間図形の特徴をどのように表現するのかという点に焦点を当てて学習することとなる。また、図で表現する能力を育成することによって空間概念を豊かにできる。したがって、空間図形を平面上で表現する活動については、深入りをせず、平面上で図表現されたものを扱ったり、図形の特徴を調べるために立体を切断する活動などを中心に行う。
 立体の切断は、実物を正確に切断することが難しい。そのため、模型を使用することが多くなり、切断方法が固定化し、生徒自身が切断できないことなどの課題がある。そこで、コンピュータを用いれば、これらの課題を解決することができ、より豊かな空間概念を形成することができるのではないかと考え、ソフトウェア開発を行った。

2.ソフトウェア開発の基本的な考え

 コンピュータ利用は学習活動に欠かせない「意欲・態度」などに効果があるといわれる。しかし、幼いころからゲームやTVなどを通してコンピュータの最新技術に日常的に接している生徒たちにとっては、コンピュータはすでに新奇性を失いつつある。つまり、「意欲・態度」に効果をあげるためには、単にコンピュータを使用するだけでなく、学習内容と生徒の実態を考察し、コンピュータの特性を生かすことが大切である。
 そこで、次のような点に配慮し、ソフトウェアを作成した。

○学習意欲を育てる
 学習意欲を育てるに必要な、「おもしろい(興味・関心)」「わかりやすい(理解)」「そうか(発見)」等の生徒の心を揺さぶる要素を持たせるようにした。

○数学的な見方・考え方のよさを感得させる
 数学的な見方・考え方は、数学科教育の根幹をなすものであるため、教材研究を行い、その学習内容の持つ数学的な見方・考え方に十分配慮しなければならない。また、その能力を育てるためには、そのよさに触れることが大切である。そこで、多様な図形の見方ができるようにした。

○理解を深める
 単に生徒の興味・関心をひいたり、コンピュータによる学習が間接経験に止まったりして、数学的な事象の性質や法則・概念等を実感を伴った理解にまで高められないのでは、学習活動を十分に支援することができない。また、学習内容を理解にまで高めるには、学習活動に対する意欲を持続することができるように配慮しなければならない。そこで、実際に切断を行う実験やプリントなどと関連づけた学習が展開できるようにした。

○豊かな思考活動を支援する
 豊かな思考活動を行うには、事象を数学的にとらえて、式・表・グラフ・図・モデルなどに表現したりして、その事象を多角的に、そして、深く考察することが大切である。そのためには、生徒一人一人がじっくり考えたり、その場ですぐに思考実験を行うための時間の確保は欠かせない。時間を惜しまないで成功や失敗を繰り返す経験も必要だが、煩雑さが理解や創造的な思考活動の障害のならないようにする必要がある。そこで、自分が予想した通りに切断できるか、その場で実験し、確かめることが容易にできるようにした。

○コンピュータのもつ機能を活かしている
 授業のねらい・学習内容とコンピュータの持つ機能・特性を照らし合わせ、授業に有効である場合にコンピュータを用いることが望ましい。教師の説明で十分に理解できることや実際に有効な実験ができることをシミュレーションだけで済ませないようにする必要がある。実際の事象を最適に提示したり、実験することが困難なもの、不可能なものを模擬的に実現したり、その結果を表示するのに、コンピュータは適している。立体の切断は、正確な実験を行うのが困難であり、その結果を正確に把握するのが難しいため、コンピュータ利用に適した教材であると考える。コンピュータの持つグラフィック機能や計算機能を生かし、簡単で正確に切断が行えるように、表示方法、切断点の位置指定方法、辺・角の計測機能などを工夫した。

3.ソフトウェアの現状と課題

 Ver.1作成段階における立体切断シミュレーションに関係する市販及び公開されている自作ソフトウェアのもつ機能の概要は以下の通りである。
・対象とする立体は、立方体のみに限定している。
・特定点を通る切断を選択するか、特定の切断の解説指導型である。
・立体を切断し、回転して、立体の形状や切断面の形状を理解する。
・立体を移動、回転させ、見取り図、立面図、平面図の関係、あるいは、CADソフトウェアの ようにパースと3面図を表す。
・立体の見取り図と展開図を表す。
 また、このようなソフトウェアを使用して授業実践を行う場合、次のような課題がある。
・生徒に配布されるプリント教材とソフトウェアと図形の表現方法が異なるため理解しにくい。
・切断面の形状を確認するためには、切断面に対して垂直な方向から見なければならない。そこで回転させる機能を持たせることによって、補おうとするものが多いが、速く正確に目的とする回転をさせるのは困難である。あるいは、およその形状の確認を目的としているだけで、正確に回転させるのは不可能なものもある。
・基本的には立方体の切断だけで十分であるが、より切断への理解を深めたり、空間概念をより豊かにするためには、より多くの立体が扱えることが望ましいが、扱えるデータに汎用性がないものが多い。
・特定点を通る切断や特定の切断を演じるだけであり、VTR等を使用するのと大差がなく、コンピュータの機能を十分に生かしていない。
・生徒が自分で、切断点を選択できないため、自分の考えを生かし、確認することができない。
・CAD等の立体を表示するソフトウェアは、豊かな空間概念を必要とするため、扱いが困難である。

4.ソフトウェア開発



「3DCUT Ver.1」(平成7年)


○開発の視点
 現在のソフトウェアの現状と課題を踏まえ、次のような機能を盛り込んだソフトウェアを以下の通り開発した。
○概要
 立体を上面、前面、側面(右)、パースの4つから表示する。単なる表示だけでなく、立体を平面で切断し、その切断状況を表示する。立体を自由に回転させたり、切断面の形が正確に判断できるように自動的に切断面に対して垂直方向からみることができる。26個の立体を登録し、それぞれ1〜20の切断面の位置を連続的に簡単なアニメーションのように表示することができる。1つの立体につき10の動きを登録できる。プリント教材との連携が図れるように、画面ハードコピー機能を付けた。
○特徴
・扱えるデータに汎用性がある。
・切断面に対して垂直方向からの表示を自動的に する。
・切断点を自由に選択できる。
・目的とする切断方法を記録できる。
・切断方法を連続表示できる。
・立体を自由に回転できる。
・プリント教材と一元化ができる印刷機能がある。
・見やすくするために拡大縮小、移動機能がある。
・視覚的に形状確認しやすいようにグリッド表示 機能がある。
・数多くの立体が簡単に選択できる。
・形状をイメージしやすいように、立体を選択す ると自動的に回転アニメーションを行う。


「3DCUT Ver.2」(平成8年)



○開発の視点
  Ver.1を使用したところ、効率の良い切断や教師の意図した切断を行うことができた。また、様々な立体の切断を行うことによって、3面図とパースから立体をイメージする力を養うことができた。しかし、生徒に自由に切断を行わせたところ、CAD等に触れた経験がないため、点の位置指定をパース上で行おうとする生徒が多かった。また、生徒にとって、3面図上での点の位置指定が意図した通りに行うのは困難であった。
 そこで、既存のソフトウェアでは固定パース画面上での点の位置指定であるが、移動・回転・拡大縮小ができるパース画面上での点の位置ができるようにした。また、操作性と実際の利用方法を考え、立体の辺上の等分点でのみの指定とし、マウスでクリックすると最も近い等分点へ自動修正する機能を盛り込んだ。また、画面上での形状確認の際、定規を画面にあてて確認していた生徒もいたため、視認だけでなく、量的にとらえられるように、切断面の辺の長さや角の大きさを自動計測する機能を盛り込んだ。

○概要
 移動・回転・拡大縮小の機能のあるパース画面上での点の位置ができる。また、立体の辺上の等分点でのみの指定とし、更にマウスでクリックすると最も近い等分点へ自動修正する、
 視認だけでなく、量的もとらえられるように、切断面の辺の長さや角の大きさも自動計測することができる。

○特徴(バージョンアップ内容)
・回転、移動、拡大縮小もできるパース画面上で切断点を指定できる。
・切断点を立体の辺上の等分点に自動補正する機能を持つ。
・切断面の形状を数量的に確認できるようにその辺の長さと角の大きさを自動計測し、表示する機能を持つ。 


5.授業展開例

○題材名「立体の切断  (1年)」
○展開
 1.立方体の3頂点を結び、切断面の形が正三角形になる場合の切断について考察する。(10分)
  (1)事前にグループごとに厚紙で立方体を作成しておく。
  (2)切断する前に、3DCUTで作成したプリントに切断面を描き、切断面の形を予想する。
  (3)3DCUTで切断面の形を確認し、形が正三角形になる理由を知る。
  (4)切り口は、切断面と立体の面との交線によって決まることに気づく。

 2.立方体の3頂点を結び、切断面の形が四角形になる場合の切断について考察する。(15分)
  (1)プリントに切断面を描き、切断面の形を予想した後に厚紙の立方体を切断し、予想結果を検証する。
  (2)実物を切断することにより4つ目の点の存在に気づく。
  (3)3DCUTで切断面の形を確認し、形がそのようになる理由を知る。

 3.1つの頂点を移動させ、切断面の形の変化の特徴を調べる。(15分)
  (1)プリントに切断面を描き、切断面の形を予想する。
  (2)3DCUTで切り口の形を確認する。
  (3)連続表示し、変化の特徴を調べる。

 4.様々な立体の切断を行い、立方体の切断により、五角形や六角形もできることを知る。(5分)
  (1)記録された切断を呼び出し、様々切断ができることを知る。
  (2)自由に切断を行う。

 5.立方体の切断を中心に、立体の切断の学習のまとめを行い、立体の切断への理解を深める。(5分)



6.成果と今後の課題

 3DCUTにより、プリント教材と同じ画面で切断の確認が行ったところ、「わかりやすい」という声が多く聞かれるようになった。コンピュータによる切断により、隠面との交線も切り口とすることに気づき「ここも切れるのか」などの驚きの声も聞かれた。また、自分の予想した通りに切断が行われるかをコンピュータで確認することができるため、短時間に何度も実験することができるため、予想と確認のサイクルが加速度的に速まり、理解を深めることができた。コンピュータによる切断がグラフィックだけでなく、数値でも表示されるため、切断面の形の確認作業への信頼性が高まった。

  Ver.2により、大幅にユーザーインターフェイスが改善され、授業でも生徒が簡単に扱うことができるようになったが、さらに機能を改善するためには、次のような課題がある。
・扱える図形に汎用性を持たせたため、様々な図形への対応が難しく、開発に費やした時間の半分以上がバグフィックスである。
・レンダリングなどの機能追加を試みたが、「FM−TOWNS」+「F−BASIC386コンパイラ」の処理速度では、スムーズに回転させることが難しい。
・切断面の辺の長さと角の大きさの計測が、凸多角形に限られている。
・ Ver.2では、切断面数が1つまでの対応になっている。
 今後は、コンピュータの処理速度と機能の高度化を補う技術が不足しているため、図形を立方体に限定し、機能向上を優先していきたいと考えている。