統計的な見方・考え方を育てるソフトの開発


1.はじめに
 コンピュータが社会の様々な場面において活躍し、学校教育でも多くの取り組みが行われている。社会からの要請等もあるが、基本的にはコンピュータを使うために学習内容を変革するのではなく、学習活動を支援するのに適切である場合に積極的にコンピュータを導入することが望ましい。そこで、次のような効果がコンピュータ利用によって期待される場合にコンピュータ利用が適していると考えたソフトウェアを開発した。
 ○ 学習意欲を育てる
 ○ 数学的な見方・考え方のよさを感得させる
 ○ 理解を深める
 ○ 豊かな思考活動を支援する
 ○ コンピュータのもつ機能を活かしている

2.ソフトウェアの特色
 コンピュータを利用したソフトウェアの多くは、その処理過程をブラックボックス化したものが多いため、その処理結果への信頼性に不安を持つことが少なくない。自然界の法則のように、人間の処理能力を遥かに越えたものは、暗黙のうちに受け入れざるを得ないが、標本調査のように、実験がある程度可能なものでは、処理結果に対して半信半疑になることは否めない。
 しかし、標本調査は、多くの労力と時間を必要とするものであり、実際の授業では、数回の実験で終わらせることが多い。また、その数学的な処理のよさを感得するためには、それをグラフ化したり、より多くの実験を行ったり、多くの事例を扱ったりして、実験結果を考察することは欠かせない。
 そこで、次のような点に配慮してソフトウェアを作成した。

○多くの身近な事例
 生徒が日常生活で統計処理を行うことはあまりないが、統計処理された年齢ごとの身長、体重の平均値を資料として見かけることは多い。そこで、それらの要素である身長・体重・年齢を資料として取り上げた。資料数は、多すぎると数値が読みとれなくなるため、100とした。<標本平均>
 実際に標本調査が有効に行われている事例は、層化抽出法などの複雑な調査方法がとられている。しかし、中学生を対象とすることから、単純に母集団が大きいものの全体の数量の推定が有効と思われるものを身近なものから取り上げた。これによって、標本調査の有効性・有用性を感得させたいと考えた。しかし、場合によっては、実際には、さらに複雑な方法が行われていることや、母集団が数万程度のものは、野鳥の数を数えるように実際に数えた方が正確であることを知らせる必要がある。このソフトウェアで取り上げた調査方法は、中学3年で行われる、一部を取り出し、それをマーキングして、再び、一部を取り出すという復元調査への興味関心を抱かせるためのものである。<標本調査>

○目で確認出来る処理過程
 選択したデータがどれであるかを色表示し、それと同じ色でグラフが作成されるため、実験の進行状況が確認しやすい。<標本平均>
 抽出した範囲を拡大表示し、コンピュータの処理が的確に行われていることを確認できる。点が移動していく様子がブラックボックスにならないように、移動の様子が見られる。移動量を少なくすると僅かずつ動いていくのが確認できる。<標本調査>

○自動データカウント、自動計算式作成、自動計算、自動グラフ化機能
 5つの資料を選択すると自動的にその5つの平均値を計算し、棒グラフ化する。また、そこまでの平均値の平均値の値の変化の様子を折れ線グラフ化することもできるため、計算に労力を費やすことな
く、実験結果の分析に集中することができる。<標本平均>
 色を付けたデータの数、抽出デー   「資料 標本平均の画面」
タの数とその割合は、自動表示し、計算式、表、グラフを必要に応じて表示がすることができる。<標本調査>

○使用方法を音声と文字で説明するメッセージ表示機能
 基本的に文字でメッセージを出すが、音声によるメッセージも場面に応じて出る。<標本調査>

○雰囲気を盛り上げる効果音
 その場面に応じた効果音を出し、臨場感を高め、実験への興味関心を高める。<標本調査>

○グラフィカルな画面による演出
 データ選択をすると選択した資料がカラフルな色でマーキングされ、同時に作成されるグラフも同じ色で表示されるため、楽しくわかりやすく画面構成になっている。<標本平均>
 色選択画面などに様々なキャ   「資料 標本調査の色選択画面」
ラクターやズームによる拡大表示を取り入れ、楽しい雰囲気をつくり、興味関心を高めるようにしてある。 <標本調査>

3.ソフトウェアの概要と展開例

(1)単元名「標本平均   (3年)」
 ○授業実践上の課題
 様々な母集団において、何回も標本平均を求め、その抽出を算出したり、それをグラフ化するためには、多くの時間と技能が要求される。
 ○ソフト名「標本平均」(FM-TOWNS)[F-BASIC386使用]
       平成6年度(財)学習ソフトウェア情報研究センター
                ソフトウェアコンテスト奨励賞受賞
 ○概要
 コンピュータのランダム機能を使い、身長・体重・年齢のデータを100個作成する。自分やランダム機能によるデータ抽出などを行い、自動的に標本平均や標本平均の平均を算出したり、グラフ作成を行う。
 ○授業展開例
学習内容・学習活動
支 援 上 の 留 意 点
標本平均の求め方を知る。
身長を記入したカードを100枚程度用意し、抽出した標本の平均値を求めることによって、母集団の平均値を推定する方法による調査を実際に行う。
標本平均から母集団の平均値を推定する方法を知る。
5回ほど実験を行い、2〜5回までの平均値の平均値を求め、実験の回数を多くすると、相対度数が一定になり、相対度数の平均値に近づいていくことに気づかせる。電卓を使用させ、学習の効率化を図り、思考活動を高める。
ソフトの使用方法を知る。
2通りのグラフ表示の意味を理解させ、実験を通し、実験回数と標本平均の平均値と母集団の平均値との関係の理解を深める。
自分で任意にデータを選択する。
机間巡視を行い、個別指導を行う。ヘッドセットは使わず直接、生徒に話しかけるという人間的接触を取り入れることによって、生徒に対する「強化」を与える。
ランダム機能を使い、様々な資料において、数多くの実験を行う。
コンピュータのランダム機能と自分が任意に選択するのと相違がないことに気づかせてから、一人一人に操作させる。何度も実験させ、標本平均の有用性を実感させる。
実験結果から標本平均の求め方やその意味や有用性を確かめる。
コンピュータの操作で終わらないように、標本平均の求め方と実験の意味について振り返らせる。
練習問題を解く。
電卓を使用して、計算技術よりも求め方を理解しているかを中心に確認する。


(2)単元名「標本調査   (3年)」

 ○授業実践上の課題
 標本から全体の数量を推定する実験は、母集団にある程度の大きさが要求されるため、実際に行うのは困難であるため、授業では、十分に実験が行われないことが多い。生徒は「教科書に書いてあるから」「先生が言うから」とそのまま受け入れがちであり、また、教師も数学的に検証された有効であるとされているからと考え、その有効性を実感していないことが多い。

 ○ソフト名「標本調査」(FM-TOWNS)[F-BASIC386使用]
       平成8年度(財)学習ソフトウェア情報研究センター
                ソフトウェアコンテスト優良賞受賞

 ○概要
 母集団が大きいものにおける全体の数量の推定する標本調査を手軽にビジュアルに行うことができる。
 コンピュータのランダム機能を使い、魚・蝶などのデータ作成をする。自分で抽出した標本に色をつけ、コンピュータに任意に移動させる。移動後、標本を抽出し、その割合を調べ、母集団の全体を数量を推定する。その事象を多角的に、そして、深く考察する学習活動への支援をするために、式・表・グラフ・図などに表現する機能を持つ。コンピュータの計算機能を有効に使い、高速に、標本の数量調査、母集団全体の推定値の算出、グラフ化などを行う。実験過程をブラックボックス化していないために、実験の有効性が実感できる。
 ○授業展開例
学習内容・学習活動
支援上の留意点
標本から母集団全体の数量を推定する方法を確かめ 。
白い碁石を使った前時の実験を想起しやすいように手順を示した流図を掲示してコンピュータでの実験手順を明確にする。 コンピュータのシミュレーションで行いながら、標本から全体の数量を推定する方法を説明し、ソフトウェアの使い方を知らせる。
同じ母集団から標本を取り出し、母集団全体の数量を推定する。
コンピュータにより抽出した標本から自分で計算して、全体の数量を推定し、実際の数値と比較させる。
同じ母集団から複数回、標本を取り出し、母集団全体の数量を推定する。
コンピュータのグラフ機能を用いて、視覚的に実際の全体の数量や標本からの推定推定値の平均との関係を表す。
学習経過をもとに標本から集団全体の数量を推定す方法を確認する。
流れ図を用いて、学習経過と実験結果をもとに標本から母集団全体の数量を推定する方法を明確にする。 実験を終えての感想などをまとめ、標本調査を有効性と有用性への自覚を高める。


4.考察
 電卓を使い、効率化を図っても、標本抽出とその平均値の算出、母集団の平均値の算出、母集団の大きさの推定を行うには、多くの時間を要するため、1時間の授業を全部実験に費やしても、数回しかできないが、シミュレーションを用いて多くの実験を行うことによって、標本から母集団の平均値や大きさを短時間に何度も調べることができた。
 日常生活における具体的な場面を取り上げることによって、学んだことを学習や生活の場に活用していけるという有用性に気づいたり、コンピュータによる支援による効果的な実験を行い、その結果に基づいて考察したりすることによって、より深い、実感を伴った統計的な見方や考え方を身につけることができた。効果音やアニメーションにより、多くの生徒が実験に引き込まれていった。
 また、実際の実験結果との母集団の実際の平均値や大きさとの誤差に着目させ、生徒が立ち止まって考えなくてはならない状況を設定し、単に「教科書にあるから」正しいというのでなく、自ら思考し、実験により検証することにより、その有用性が判断できるようになった。それにより、「教科書にあるから計算すればその結果の通りだと思ったら、実験するたびに違いがあり、誤差があるのを実感した」などの感想も得ることができ、情報リテラシーの判断力の形成にも効果があった。
 このように、シミュレーションによる実験を効果的に行うことによって、標本調査という見方・考え方の価値を振り返る場面を設定したところ、統計的な見方・考え方を伸ばしたり、問題の解決方法や結果に対して、常にその妥当性を検証し、思考論理を評価していくことの大切さに気づかせるなど、事象を数学的にとらえようとする意識を育てることができた。
          群馬県小野上村立小野上中学校 教諭 上原 永護